寂しいの読み方:さびしい?さみしい? [どっちシリーズ その9]

[English below]

こんにちは!皆さんいかがお過ごしですか?8月も後半に入りました。驚くべきことに夜になるともう鈴虫の鳴き声が聞こえてくるようになりました :relieved: どうやら、これまでの灼熱の暑さに茹だる日々にも終わりが近づいているようです。暑さと闘った一方で楽しい思い出がたくさんできた夏の終わりには、どことなく寂寥の感が漂いませんか。今回は、そんなちょっとしんみりしてしまう季節に相応しい(?)形容詞、「寂しい」の読み方「さびしい」と「さみしい」を取り上げたいと思います!


「さびしい」と「さみしい」:fallen_leaf:

「寂しい」という言葉には、「さびしい」と「さみしい」という二つの読み方があります。もともとは「さびしい」と発音されていたものが、音が変化して「さみしい」とも言われるようになったよう。「瞑る」を「つぶる・つむる」、「寒い」を「さぶい・さむい」とも読むように、バ行とマ行の音は入れ替わりやすく、「寂しい」の音変化もこの現象の一つだと考えられます。

読み方が二つあるとはいえ、標準的な読み方は「さびしい」です。常用漢字表にも「さびしい」しか載っておらず、メディアで優先的に使われるのも、辞書で主な読み方として載っているのも「さびしい」です。


ニュアンスの違いは?? :eyes:

通常、辞書では「さびしい」と「さみしい」は同じ意味とされていますが、実際の生活では使い分けられることが多いといって良いでしょう。「さびしい」は、心細さや物悲しさを感じるほどひっそりと静まった情景(客観的)を表すのにぴったりです。一方、「さみしい」は、誰かや何かと離れているときの孤独な気持ち(主観的)を表すのによく使われます。

…という傾向はありますが、「さびしい」は標準的な読み方なので、情景にも心情にも幅広く使えます。とはいえ、心情を表現するときはやはり「さみしい」の方が一般的なので、それを使える場であえて「さびしい」を使うと、より強い満たされない感情や切実な孤独感を表現することができます。一方、「さみしい」が情景を表すために使われることはあまりありません。

以下、例を見てみましょう!

そこは私以外には誰もいないさびしい場所だった。

さびしいを使うと…物悲しさを覚えるくらい視覚的に閑散としている様子を表す。
さみしいを使うと…「私」の悲しさが強調されるので、少し不自然かも。

旅行は楽しいけど、猫に会えなくてさみしい。

さみしいを使うと…猫に会えなくて悲しく心が満たされない状態を表す。
さびしいを使うと…同上。ただし、孤独の度合いが強めに聞こえる可能性あり。

なお、夏目漱石の小説には登場人物の台詞に「さむしい」というふりがなが振ってあることがあります。これは江戸語に由来する東京の訛りだそう。現代では使われません。


漢字も二つ、「寂しい」と「淋しい」 :books:

「さびしい」と「さみしい」には、「寂しい」だけではなく「淋しい」という漢字もあります。常用漢字表にあるのは「寂しい」のみなので、「淋しい」という漢字は見慣れないという方もいるかもしれません。

「寂」という漢字には「静まり返っている」という意味があり、「淋」という漢字には「水などが滴る」という意味があります。そのため「寂しい」は静かで情景を表し、「淋しい」は涙が流れるほど淋しいという強い心情を表すと説明する人もいます。

しかし、手元の文章を調べた限りでは、昔から文章を通して「淋しい」だけを採用しているものが多く、またその場合は情景に対しても「淋しい」を使っていたので、かならずしも上記のような分け方をしているわけではなさそうです :thinking: 以下、実用例の一部をご紹介します。

「淋しい」だけを使う小説など

  • ヘルンの好きな物をくりかえして、列べて申しますと、西、夕焼、夏、海、游泳、芭蕉、杉、淋しい墓地、虫、怪談・・・嫌いな物は、うそつき、弱いもの苛め、フロックコートやワイシャツ、ニユ・ヨーク、その外色々ありました。ー 小泉節子『思い出の記』 (1914)
  • ・・・でも、それならば、二人は実に淋しい親子でした。ー 太宰治『人間失格』(1948)

  • いったい誰に、海と、海が反映させるものを見分けることができるだろう?あるいは雨降りと淋しさを見分けることができるだろう?ー 村上春樹『スプートニクの恋人』(1999)

  • 淋しい街路をまた風が吹き、紙くずが滑って行きます。ー 森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』(2006)

「寂しい」だけを使う小説:

  • あんなに嬉しそうな顔をした美人は珍しいですね。昔は美人と言えばいくらか寂しそうな顔をしたものと思っていましたから。ー 多和田葉子『犬婿入り』(1992)

  • こんなとき、下戸なのは寂しいものだが、飲めもしないくせに酔っ払って至福の滞在を台無しにしたくもない。/なつかしい音。でも、寂しい音。ー 原田マハ『さいはての彼女』(2013)

  • 毎年、盆と正月には帰省していて、シャッター通りは目にしていたが、実際に住み始めてみると、廃れゆく大きな空き家に独り取り残されているような寂しさを感じた。ー 平野啓一郎『ある男』(2018)

全時代の小説をくまなく探したわけではないので偏りはありますが、「淋しい」は時代を問わず使われていたのに対し、「寂しい」は現代の小説に集中していました。現代の出版業界に、特段のこだわりがない限り常用漢字に寄せる傾向でもあるのかなあ。というわけで、今回は「さびしい」と「さみしい」の違いについてでした!

それではまた来週!千絢 :smiley_cat:

English

Hello! How is everyone doing? It’s already the second half of August. Surprisingly, we can hear the sounds of crickets at night in my place :relieved: It seems like the days of being overwhelmed by scorching heat are coming to an end. At the end of summer, filled with both battling the heat and creating fun memories, somehow don’t you sense a feeling of sentiment? This time, I’d like to talk about the adjective suited for this somewhat sentimental season: the different readings of 寂しい – さびしい and さみしい.


さびしい vs さみしい :fallen_leaf:

The word 寂しい can be read as さびしい or さみしい. Originally it was pronounced as さびしい, the sound has transformed to also be さみしい. Like 瞑る can be つぶる and つむる, and 寒い can be さぶい and さむい, the sounds in B-row and M-row are easily interchangeable. This change in 寂しい is considered one such example.

Even though there are two readings, the standard one is さびしい. The list of Joyo-Kanji (kanji in common use) only includes さびしい and it’s the prioritized reading in media and dictionaries.


Are there nuance differences? :eyes:

Typically, dictionaries say さびしい and さみしい have the same meaning. However, in everyday life, they are often used differently. さびしい is perfect for describing quietly desolate scenes (objective), while さみしい is often used to express feelings of loneliness when separated from someone or something (subjective).

While the standard さびしい can actually be used not only for scenes but also for emotions, さみしい is more commonly used to express feelings as said above. So, choosing さびしい in contexts where さみしい would also fit might emphasizes unfulfilled emotions, enhancing the sense of loneliness. However, さみしい is rarely used to describe scenes. Let’s look at some examples below!

そこは私以外には誰もいないさびしい場所だった。
It was a lonely place with no one there but me.

Using さびしい… suggests a desolate scene that makes you feel melancholy.
Using さみしい… it may be a little unnatural because it emphasizes the sadness of ‘I’.

旅行は楽しいけど、猫に会えなくてさみしい。
I enjoy this trip, but I miss the cat.

Using さみしい…conveys a sad and unfulfilled feeling due to not seeing the cat. Missing the cat.
Using さびしい…similar to above, but might sound like a stronger sense of loneliness.

Note: Natsume Soseki’s novels sometimes have the furigana さむしい for mainly characters’ lines. This is said to be a Tokyo dialect derived from Edo language, but it’s no longer in use today.


Two kanji:寂しい and 淋しい :books:

In addition to 寂しい, which can be read as さびしい or さみしい, there’s also the kanji 淋しい. While 寂しい is included in the Joyo-kanji list, some of you might not be familiar with 淋しい.

The kanji 寂 means ‘completely quiet’, while 淋 means ‘dripping water.’ Therefore, these are sometimes explained that 寂しい represents a quiet scene, and 淋しい expresses a strong feeling a of loneliness to the extent that tears flow.

However, after reviewing some texts, that many writers choose 淋しい and use it for scenery as well. So, it seems that the above division is not necessarily the case. Let me show some passages as examples.

Novels that use only 淋しい:

  • ヘルンの好きな物をくりかえして、列べて申しますと、西、夕焼、夏、海、游泳、芭蕉、杉、淋しい墓地、虫、怪談・・・嫌いな物は、うそつき、弱いもの苛め、フロックコートやワイシャツ、ニユ・ヨーク、その外色々ありました。ー 小泉節子『思い出の記』 (1914)
    When listing the things that Hearn liked again, they include the west, sunsets, summer, the sea, swimming, banana trees, cedar, lonely graveyards, insects, ghost stories… Things he didn’t like are liars, bullying the weak, frock coats and shirts, New York, and many other things. - Setsuko Koizumi, ‘思い出の記’ (1914)
  • ・・・でも、それならば、二人は実に淋しい親子でした。ー 太宰治『人間失格』(1948)
    But then, they were indeed a lonely parent and child. - Osamu Dazai, ‘No Longer Human’ (1948)

  • いったい誰に、海と、海が反映させるものを見分けることができるだろう?あるいは雨降りと淋しさを見分けることができるだろう?ー 村上春樹『スプートニクの恋人』(1999)
    Who can tell the difference between the sea and what the sea reflects? Or between the rain and loneliness? - Haruki Murakami, ‘Sputnik Sweetheart’ (1999)

  • 淋しい街路をまた風が吹き、紙くずが滑って行きます。ー 森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』(2006)
    The wind blows through the lonely streets again, and scraps of paper slide by. - Tomihiko Morimi, ‘The Night Is Short, Walk on Girl’ (2006)

Novels that use only 寂しい:

  • あんなに嬉しそうな顔をした美人は珍しいですね。昔は美人と言えばいくらか寂しそうな顔をしたものと思っていましたから。ー 多和田葉子『犬婿入り』(1992)
    It’s rare to see a beautiful woman with such a happy face. In the past, I thought that a beautiful woman had a somewhat lonely look on her face. - Yoko Tawada, ‘The Bridgegroom was a dog’ (1992)

  • こんなとき、下戸なのは寂しいものだが、飲めもしないくせに酔っ払って至福の滞在を台無しにしたくもない。/なつかしい音。でも、寂しい音。ー 原田マハ『さいはての彼女』(2013)
    At times like this, it’s sad that I’m a non-drinker, but I don’t want to ruin a blissful stay by getting drunk even though I can’t drink. / Nostalgic sounds. But, lonely sounds. - Maha Harada, ‘さいはての彼女’ (2013)

  • 毎年、盆と正月には帰省していて、シャッター通りは目にしていたが、実際に住み始めてみると、廃れゆく大きな空き家に独り取り残されているような寂しさを感じた。ー 平野啓一郎『ある男』(2018)
    Every year, I returned home for Obon and New Year and saw the shuttered street, but once I actually started living there, I felt a loneliness as if I was left alone in a large, empty house that was falling into disrepair. - Keiichiro Hirano, ‘A Man’ (2018)

The current list of Joyo-Kanji list includes 寂しい only, so seeing 淋しい is likely limited to the personal writings in novels or letters like those above. So, it was about the difference between さびしい and さみしい.

I haven’t exhaustively searched novels from all eras, so there might be some bias, but it seems that 淋しい has been used across different times, while 寂しい appears more in contemporary literature. Perhaps the publishing industry today tends to favor the Joyo-Kanji unless there’s a particular reason not to. So, that was all about the differences between さびしい and さみしい!

See you next week! From Chihiro :smiley_cat:


過去の投稿/Previous posts
8 Likes

お早うございます、千絢さん!

まずはいつも超面白い事を教えてくれてとてもありがとうございます。「どっちシリーズ 」の全部は非常に興味を持って読で勉強になります 。

今日は @Haru さんの日記を読みながら、その現像のもう一つの言葉を見つけ、「万能」という名詞でした。「Haru さん、日記を書いてくれてあいかわらずありがとうございます!」

こんな面白い説明にその小さな投稿だけしたかったのです。

千絢さんもHaru さんも良い一日を

4 Likes

Pablunproさん、こんにちは!そちらは、おはようございますの時間でしょうか?

こちらこそ読んでいただきありがとうございます!たまに内容について「ちょっと細かすぎるかな :woozy_face:」と思うこともあるので、興味を持っていただけて嬉しいです。

確かに「万」は「まん」とも「ばん」とも読みますね!ただ、この場合、もともと日本にあった言葉の音が変化したわけではなく、漢字の音読みの違いなので、「さびしい・さみしい」とは背景が少し異なります :relaxed:

中国から日本に漢字が伝わった時期は大きく分けて三つあるのですが、時代が違うと発音も違っていました。およそ5〜6世紀の発音を呉音(ごおん)、7〜8世紀の発音を漢音(かんおん)、10世紀以降の発音を唐音(とうおん)と呼びます。「万」の場合、「まん」は呉音、「ばん」は漢音のようです。

…と、日本語から見たら上記のような説明になりますが、そもそも「ばん」が「まん」になったのは、中国語でもバ行とマ行が入れ替わりやすかったから起こった変化だったりして :laughing:

Pablunproさんも、良い一日をお過ごしください!

2 Likes